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アイヌ文化継承者 関根摩耶さんインタビュー

アイヌ文化継承者 関根摩耶さんインタビュー

北海道東川町では、アイヌ民族をテーマにした映画「カムイのうた」を制作しています。MouLa HOKKAIDOでは、2023年秋の公開に先駆け、映画関係者やアイヌ文化に関わっている方々にお話を伺うプロジェクト「つながる、つづく、カムイの想い」を進行中。今回は講演やラジオ、YouTube、企業との商品開発など多岐にわたりアイヌ文化や伝統、アイヌ語の発信をしている関根摩耶さんに日頃の活動について詳しくお話を聞いてきました。(オンラインにてインタビュー)

今の時代に必要なアイヌの価値観を伝える

編集部
摩耶さんは現在関東在住ですよね。出身地である二風谷には何歳までいらっしゃったのですか?

関根
12歳までです。小学校は二風谷だったのですが中学校からは登別の学生寮に入りました。その後高校進学で札幌に住み、大学入学から関東に住んでいます。

編集部
大学生の時からYouTubeチャンネル(しとちゃんねる)を開設され、アイヌ文化伝承の活動はされていたと思いますが、具体的に活動を始めた時期はいつ頃だったのでしょうか?

関根
7~8歳の頃に参加した アイヌ語弁論大会「イタカンロー」で優勝した時に、テレビなどで取材していただいたことがあるのですが、今思えば、それがアイヌについて私が語った最初かもしれません。幼い頃から自分の意志でアイヌをより知ってもらえるような表現はしていたかもしれませんが、自主的に活動を始めたのは18~19歳くらいの時です。

18歳の頃、ラジオ講座の講師を依頼されることがあったのですが、そのような機会を頂けたことで、アイヌについて深く勉強できる機会を得ることができました。そこから、自分の意志で本格的に活動を始めたのは19歳くらいですね。


アイヌ語弁論大会「イタカンロー」

アイヌ語弁論大会「イタカンロー」

編集部
自分の意思で情報発信をしてみたいと思ったのは、何かきっかけがあったのですか?

関根
特に大きな転機があったわけではないです。先ほどのお話の通り、子供の頃からいろんな町で生活をしていたせいか、改めて今の時代にアイヌの「価値観」や「感覚」が必要だなと思うようになりました。

編集部
なるほど。それでアイヌのことを発信する手段として、まずはYouTubeを選んだわけですね。

関根
自分の意思で伝えられる媒体が必要だとずっと思っていました。YouTubeを選んだのは、一個人が発信できるようになった今の時代だからこそ出来る伝え方があるのではないかと大学の友達と相談した結果です。あえて強い制約のある文字を載せなくて済みますし、映像で自分の感覚を伝えることができるので。


今の自分にできることを考える

編集部
YouTubeの他にはどのような活動をされているのでしょうか?

関根
今、YouTube自体はあまり更新できていないのですが、YouTube活動を通じて知り合った方や幼少期からの繋がりで、色んな企業さんやコミュニティを繋いで仲介するコーディネートみたいなこともしています。
あとは、アイヌ語やアイヌ文化の講座を持ったり、 ゲストスピーカーをしたりしています。

他には、林業にも関わらせていただいています。今だからこそ広大な北海道の自然と言われたら針葉樹を想像すると思いますが、江戸時代ぐらいまでは今の針葉樹は全然なくて、もっと広葉樹が多かったはずです。だからこそアイヌは広葉樹を用いて自分たちの身体を整え治すといった薬膳のような使い方をしていました。
そんな、私たちが持っている広葉樹への需要を林業従事者に共有し山の環境改善に繋げ、そこから更に需要を作るといった活動をしています。

アイヌ文化をそのまま発信するというよりは、今の時代にあるものを活用して世の中に伝えるということをしています。林業以外にも、スイーツ作り、ゲームやアパレルの服作りなど、今後進めていく予定の企画もたくさんあります!  

編集部
スイーツも作られているんですね!それはアイヌとスイーツを掛け合わせた商品を作られているのですか?

関根
アイヌと直接的に掛け合わせるわけではないです。アイヌ民族は山岳民族でもあるので薬草の知識も持っています。そこで、現代の加工食品にあふれた社会の中でも安心して食べられるような 、薬草の要素を取り入れたスイーツを企業の方と一緒に開発したりしています。薬草なので苦いものも多いのですが苦味や塩気って相乗効果で甘いものと良く合うんです。

編集部
山岳民族であるアイヌ民族に伝わってきた生活の知恵や食の知恵、自然環境に対する知恵を今の生活の中に自然に溶け込ませて今ベストなものを作り出すイメージですよね。

関根
そうですね。その方が伝わりやすいですよね。

あとは、海外の大学で講演会などを時々行っています。 今の私の目標は海外に向けての発信で、海外の方々が日本といえばアイヌだよねって思ってもらえるようにしていきたいです。
アイヌが海外で先住民としての地位を築いた時に日本にとってアイヌ文化やアイヌが持っている独自性は本当に欠かせないものになっていくと思っています。
海外からの需要・認知を広めることに繋がる仕事を最近は増やしています。

編集部
海外を視野に入れて活動されているのですね。摩耶さんは事務所には所属されていないのですか?

関根
フリーランスで活動しています。基本的には自分が納得のいく仕事だけを受けたくて。

編集部
仕事をやるうえで、大切にしていることや、譲れない考え方などはありますか?

関根
一番は私の家族や地元の皆さんなど私の大切にしている人たちが認めてくれて、応援してくれて、求めてくれることが一番です。そこがブレるのであればどんなに良い仕事でもご遠慮しています。
仕事をお受けする場合は、まずは事前にしっかり相手と対話をします。プロジェクトに対する考え方はもちろん、スケジュールや予算などの制作面に至るまで、初期の段階から入り込み話を聞かせてもらいます。

そうやって徐々に関係性を構築していくことによって、結果的に多方面からお声がけいただくようになりました。そうして沢山の方々と関わっていくうちに、自分の中でのガイドラインみたいなものが少しずつ出来始めたのだと思います。

現在は、今の自分には何が出来るだろうと考えた時に、折角関東に居るので地元と企業や人を繋ぎその仲介をすることが役割の一つかなと思って頑張っています。


人生を思いっきり楽しめるような社会を目指す

編集部
大変なことも沢山あると思いますが、活動を続けられているモチベーションはどこにあるのでしょうか?

関根
二風谷は子供より大人の方が人生を楽しんでいるのでは?と思えるような場所なのですが、今の時代なかなかそういう場所はないと思います。二風谷の大人たちは、とても自由で楽しそうに子供たちを育ててくれました。 幼少期はそんな二風谷の大人に対して時々違和感を持つこともありましたが 、色んな地域で暮らしてみた結果、寧ろ二風谷の大人たちの方がカッコいいと思うようになりました。

そんな、個人個人が人生を思いっきり楽しめるような社会に近づくために必要な「感覚」をアイヌ文化はたくさん持っていると思っています。 そして、子供たちはそのような環境の中で育つことが必要だとも思いました。

アイヌは元々年齢という概念が今ほどしっかり確立されていなかったと思います。 ですが今の時代では、3歳なのに喋れないとか18歳なのに自立していないとか、世の中のこうあるべきといった固定観念が増えてきています。そんな中で私は、アイヌが文字を持たなかったところや、あらゆるものに魂が宿っていて神頼みではなくあくまでカムイ(神)たちと対等に関わり合うことが多く、 互いに尊敬し交渉し合う、そういうアイヌの考え方が私自身の理想としている社会に合っていると感じました。
アイヌ文化を活用して自分の理想に近づけたいという想いが活動への原動力になっていると思います。

編集部
固定観念に囚われず、個人が楽しく生きられる社会が二風谷にはあって、その大人たちの姿が摩耶さんの理想としている姿に近いのですね。

関根
二風谷の大人たちって良い意味で、すぐにカッコつけるんです。笑
カッコつけてくれる大人がいると、早く大人になりたいと思えますし、次の世代にとっても明るいことです。

私もそんな大人を理想としているので、次の世代に摩耶ちゃんって楽しそうだなって思ってもらえたら嬉しいし、そういう風に見られることが理想だなと思っています。

もう少し対等な目線でアイヌ文化というものに関わるきっかけをもっと作れたらいいですよね。そのためにもまずは自分自身が楽しい事と自分自身に嘘をつかないことを仕事として選択していきたいです。

編集部
二風谷で育っていく上で影響を受けた方はいますか?

関根
たくさんいますが…、一番は祖母ですね。
「苦労は買ってでもしなさい」と言われて育ちました。人生って嫌な思いをすることは多いですが、その経験があるからこそ気づけることってたくさんありますよね。祖母のその言葉で、もっといろんな経験をしたい!まだまだ知らない知識を身につけたい!と思うようになりました。知識を持ちたいと思えたからこそ大学にも行けて、選択肢も増え、今の自分があるのだと思います。

あとは、父の影響も大きいと思います。
幼少期、鉛筆削り器も持たせてもらえなかったんです。自分で鉛筆をナイフで削って、それで怪我をしても「自身で痛みを知ることが、人の痛みを知ることだ」と教えられました。2歳頃からナイフを持たされることもあり、 鹿を捌いたりしていましたね。
そういう環境のおかげで、自分を知ってもらうよりもまずは人を知るという当たり前なことを学びました。
アイヌはずっと誰かしらの注目を浴び続けているので、そんな環境で育っていると、まず人を知るということの大切さを忘れてしまうことがあるのかもしれません。
でもそうじゃなくて、人を知るという当たり前なことを忘れないよう自分を律してくれるのが父でした。

編集部
お父さんの健司さんはアイヌの方ではないですが、そういった教育論は健司さん独自のものなのでしょうか?

関根
父は、地元では誰よりもアイヌだって言われることもあります。 笑

アイヌではない父がアイヌ以上の感覚や努力を求められたからこそ、アイヌの社会やコミュニティの中で立場を築いていくことができたのだと思います。だから、父は私よりもアイヌというものに対して真面目で真剣です。
私自身はアイヌなので、行動がどんなに中途半端でも自分で「これはアイヌプリ(アイヌとしての生き方)だから」と言ってしまえば一般的に見たらわかりやすいのですが 、父から言わせれば、お前は何もやっていない、と見透かされてしまうこともありました。すごく厳しい人ではありましたが、絶対的に信頼できる人です。

編集部
アイヌについての多くは健司さんから教わったのでしょうか?

関根
そうですね。父ももちろんですが、おじ・おば 、祖母からもアイヌ文化などを学べる、アイヌとしてもすごく幸運な環境に生まれました。ただ、アイヌ全員がそういう環境ではないのです。

私がアイヌの代表として見られてしまう場で私こそがアイヌだと思われてしまうと、他のアイヌが自分は何も知らないからアイヌでも何者でもないと感じてしまうことは絶対に避けたいです。

私はアイヌについて勉強できる場所があって表現できる場所があるので、すごく恵まれています。


様々な方法でアイヌ文化を伝承する

編集部
摩耶さん今後の目標についてお伺いできますでしょうか。

関根
海外の方々に興味を持っていただき、需要をつくるところが直近の目標ですね。
母など と合同会社を設立し、海外での普及活動を進めていこうとしています。

編集部
木彫や刺繍などを海外へ伝える活動をされるということでしょうか?

関根
そうですね。そういった活動が主になります。

ただ、何かを新たに始めるというよりは、今は勉強期間かなと思っています。そして今の活動は勉強の一環なんです。今は色んな場所に行って色んな人と出会い、その上で面白そうなプロジェクトがあれば参加していきたいと思っています。

編集部
今まで関わってこなかったけど、興味のあるジャンルは何かありますか?

関根
そうですね、色々ありますが、一番は食文化 ですね。
大量生産・大量消費の現代では、食べ物の価値を値段だけで判断してしまいがちですが、そうではなくて、その土地と深い関係があったり、家族で受け継がれている物だったり。食ってもっと色んなところで繋がっているんです。そんな食べ物の持っている奥深さやそれに関する知恵をもっと勉強して身に着けたいです。

あとは今、上川大雪酒造さんと一緒に「お酒」に関する絵本を作りたいなと思っています。
お酒って一部悪いイメージもありますし、感謝しながら飲むこともなくなってきていると思いますが、元は日本文化にとってもアイヌ文化にとってもすごく大切なものです。お神酒などもそうですが、お酒 (トノト)はカムイと一緒に楽しむ大切なもの。でもその感覚が薄れてきてしまっています。
そして、皆が普段参拝しに行くような神社もアイヌにとって重要な場所だったりするんです。それくらい北海道民であれば皆繋がりがあるはずなのに、切り離されてしまっていることに違和感を覚えています。
そういったお酒や繋がりのことを小さい頃から知ってもらえるような絵本を作りたいと考えていました。

また、将来的にはアイヌ語の幼稚園や小学校などの教育機関を作る活動もしていきたいです。

編集部
本日はお忙しい中貴重なお話をたくさんありがとうございました。


この記事を書いたモウラー

編集部

MouLa編集部

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