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北日本文化研究所代表 藤村久和さんインタビュー

北日本文化研究所代表 藤村久和さんインタビュー

北海道東川町では、アイヌ民族をテーマにした映画「カムイのうた」を制作し2023年11月23日から公開しています。MouLa HOKKAIDOでは映画関係者やアイヌ文化に関わっている方々にお話を伺うプロジェクト「つながる、つづく、カムイの想い」を進行中。今回は北海道を代表するアイヌ文化伝承者の藤村久和さんにその文化について詳しくお話を聞いてきました。

アイヌ文化との出会い

編集部
本日はよろしくお願いします。先生は長きに渡りアイヌ文化を研究されていますが、大学生の頃は何を専攻されていたのですか?

藤村
学生時代は考古学を学んでいました。

編集部
なぜアイヌ文化を研究する道に進まれたのですか?

藤村
大学生の頃卒業論文に集中する時期になると、先輩達がこぞって卒論の参考にと考古学関連の書籍を借りてしまい、研究室の図書はアイヌ民俗関連の本しか残っていなかったため、片っ端から読み始めたのがきっかけでした。そこには人としての暮らしぶりがありありと書かれていて、それがきっかけでアイヌ民俗関連の本をたくさん読むようになり、さらに興味が湧き知識も増え自然な流れでアイヌ文化を極めたいと思うようになりました。

編集部
アイヌ文化の研究は「精神文化」「口承文芸」「民族医療」「整体儀礼」などいくつかのカテゴリーに分かれると思うのですが、先生は何か特定のカテゴリーに特化して研究をされているのでしょうか?

藤村
文化とは「暮らし」そのものです。生きていくためには、家も必要だし食事もしますよね。食事には食材も必要だし、料理をするなら調理道具も必要になる。もちろんコミュニケーションには言葉だって必要不可欠。つまり生きていくための暮らしそのものが文化なのです。アイヌ文化をカテゴリーに分けて研究するということではなく、アイヌ文化そのものをまるごと掘り下げる。即ち暮らしぶりに関する事ならなんでも良いのです。

編集部
アイヌ民族の暮らしそのものを理解することが大切なのですね。

藤村
考古学での発掘で土器や石器が出土しても、なぜそこにあるのかがわからない。しかし当時の暮らしを仮説を立てて考察すると目的や役割も見えてきます。例えば墳墓です。往時の人が亡くなった親族への熱い思いで人を埋葬しているのです。それはアイヌ民俗文化も同じで、一つの結果に対して、その過程も含めて紐解いていかないとアイヌ文化の心情を理解することはできません。


編集部
研究の一環として、アイヌ民族の方々と生活を共にしながらアイヌ語や生活習慣を習得されるフィールドワークもやられていたと伺いました。

藤村
北海道開拓記念館研究員として職務にたずさわっている時、見学者からの単的ですが基本的な質疑を受けて返答できなかったことから、自分の知識はまだ不十分だと感じ、もっとアイヌ文化の本質を知るべく、道内に存命の古老から教えを乞うことの必要性を感じ早速に聞き取り調査を始めました。幼少期にアイヌ語や昔からの伝統的な生活習慣を記憶している古老と生活を共にすることで、例えば茶碗の洗い方や掃除の仕方、それに伴う用具の名称などの細々した習慣についても、往時の生活状況を聞き出すことで現在との違いを知ることができました。

編集部
いろんな気づきや発見があったのですね。

藤村
古老からの聞き取りは全道各地でやっていましたが、地域ごとに、あるいは人ごと、性別的に暮らしぶりに違いがありました。

編集部
同じ北海道内でも地域による文化の違いがあるのですね。

藤村
昭和29年にはすでにアイヌ語は消滅して聞くことはできないと言われていたのに、昭和45年に阿寒で出会った白糠生まれの婆ちゃんはとてもアイヌ語が堪能な方で、語ってくれた物語を日本語でも話し、知りたいアイヌ語の意味も説明してくれました。

編集部
それは貴重な出会いですね。

藤村
私にとっては大切な言葉の先生ですから、何度も往来しながら時には札幌に来ていただき、言葉や物作りなどの手ほどきをたくさん受けました。

編集部
長年に渡り様々なアイヌの方々と出会い、リアルなアイヌ文化を調査されていたのですね。

藤村
それは今日も続いていて、ある方はお孫さんの孫の世代までお付き合いが続き、おかげで6世代の方とお会いする機会を得ることができました。

リアリティを追求した映画監修

編集部
藤村先生は映画「カムイのうた」の監修をされていますが具体的にはどのようなことを監修していたのですか?

藤村
アイヌ語はもちろんですが、役者さんがアイヌの人たちの動きを正しく再現できるように、主に動き方や所作、情景描写などについて監修させていただきました。

編集部
具体的にどのようなアドバイスをされたのですか?

藤村
例えば、アイヌの人達は些細な「音」にも敏感に意識して、次に取るべき態勢に移行する。大自然の中で暮らすということは常に生命の危険に晒されているため、暗黙のうちにその場の状況を読み取って意思疎通ができるように、普段の生活を通して学び取りめったに他者と目線を合わせることはないです。もちろん説得するとか物事を教示する必要性に応じて目を合わせることはありますけどね。このような暮らしの特徴をお伝えしていました。

編集部
それを知っているか否かで、芝居の演じ方に大きな差が生まれますね。

藤村
監督のご依頼があれば、何度も撮影現場に足を運び、数多くの古老が教えてくださったことを逐一アドバイスをしていました。

編集部
現場でアドバイスをしたことで、芝居の内容を変えたりなど、監督やスタッフは現場で臨機応変に対応されたのでしょうか?

藤村
当然のことでしょうが、監督自身もアイヌ文化の事実に基づいた演技を求めていましたから私も細かくアドバイスしました。リアリティを追求するためには、当然芝居の内容変更もありましたし、監督含め現場のスタッフも適宜、柔軟に対応してくださいました。

編集部
そうなると、役者さんの芝居もますます迫力が増しますね。

藤村
もはや芝居を超えた忘れ去られた過去の状況が随所で再現されていたような気がします。

映画「カムイのうた」の見どころは?

編集部
アイヌ文化のリアリティを追求している点は、映画「カムイのうた」の見どころの一つだと思うのですが、そのほか映画に深く関わってきた先生だから思う映画の見どころはありますか?

藤村
私は長く北海道に住んでいますが、いまだ見たことがない北海道の美しい風景がたくさん出てきます。きっとその美しさに圧倒されると思います。

編集部
道民でも見たことがないような絶景なのですね。

藤村
ここは一体どこの風景なんだろう?と思う風景がたくさんあります。映画館の大きなスクリーンで見ると圧倒的な迫力の映像になると思います。本編撮影の前に、一年間かけてその北海道の美しい風景を撮り溜めたと監督はおっしゃっていました。大きな夕日やダイヤモンドダストのきらめきなど、北海道の美しい自然映像が楽しめます。

編集部
それはぜひ道外、海外の人に見てもらいたいですが、道民にも観て欲しいですね。きっと知っているようで知らない北海道の魅力に気付けますよね。

藤村
知里幸恵さんが「アイヌ神謡集」序文の中で、アイヌ民族は、天真爛漫な稚児のように、美しい大自然に抱擁されてのんびりと楽しく生活していたと表現していますが、映画でそれをどう表現したら良いか?を、監督はとても悩まれたようです。その結果まだ誰もみたことがないような美しい北海道の自然映像を取り入れて視覚的に伝えることにしたそうです。これも私が思う見所の一つです。

編集部
その映像と併せて役者さん達の芝居を見ることでこの映画の醍醐味が味わえそうですね。

藤村
役者さん達も素晴らしい芝居をされていました。島田歌穂さんの歌の才能は素晴らしく、歌声も綺麗でアイヌ語の歌の練習を重ねるたびにとても上手になっていました。島田歌穂さんのおばあちゃんが北海道で暮らされていた方で、ほんの幼い頃に聞いたおばあちゃんの言葉や、特有の言い回しや口調の記憶があって、現代の北海道内ではほとんど聞かれない、心に優しく響く懐かしい発音も早速に使ってくださいました。

編集部
今回の映画「カムイのうた」は知里幸恵さんがモデルですが、知里幸恵さんにちなんだ見所はどんなところですか?

藤村
知里幸恵さんの「銀の滴降る降るまわりに」の中に出てくる「銀の滴降る降るまわりに、金の滴降る降るまわりに」という歌詞は、教科書に採用され言葉で意味を知る人は多いはずですが、その歌詞を音声で聞いた人はいないと思います。私は以前にその歌声を聞いたことがあったので、その記憶を元に映画の中で女優さんに歌ってもらいました。今まで音声で聞けなかった「銀の滴降る降るまわりに」が音声で聞けるのはとても貴重なシーンだと思います。

ユーカラ※(英雄叙事詩)という言葉を聞いたことがある人は多勢いらっしゃると思いますが上演を耳にした人はほとんどいないと思います。上演にあたって各個人が創造した語り節(旋律)があって、「金成マツ」さんのユーカラ※を女性の島田さんが演するにあたりどの節が良いかを考え、最も似合う「砂沢クラ」さんの持ち節を使うことにしました。変調を帯びた節に乗せて、映画の中で島田歌穂さんに歌ってもらっています。

映画の公開が終わっても映像としてはたぶんどこでもこの映画は見られると思うので、今まで文字でしか知ることができなったユーカラ※の語りがこの映画を通して音声として伝わっていくことがとても嬉しく思います。

ユーカラの「ラ」は小さい字

アイヌ文化伝承に必要なことは?

編集部
アイヌ文化を伝承していくためにどのようなことが大切だと思いますか?

藤村
アイヌ文化を正しく伝えるためにはアイヌの人達の生活を人としての「心」を通して理解することが大切です。私の場合は多くの古老と交流を続けながら、暮らしのひとつひとつ、ある物事に対して「なぜそうするのか?」という疑問を常に持ってその真意を理解してきました。そこがわからないと文化の真実は理解できないし、その理解がないとアイヌ文化を正しく伝えることも難しいと思います。

編集部
アイヌ文化の全てについて、同時に深く理解することは難しいと思うのですが、手始めに何から学び始めると良いでしょうか?

藤村
私は食育の活動もしているのですが「食」の場合は意外と理解しやすいと思います。

レシピがあれば誰でも伝統あるアイヌ料理を作ることはできるかもしれませんが、レシピ通りに作ったからといって必ずしも味の再現になるとは限りません。例えば鰊の汁物を作ったとします。出汁を取った時に一度味を見てもらい、そこへ切った鰊を入れて、改めて味を比べてもらうと本当の味の違いがわかります。実際にそれを行ってみたことがあるのですが、参加してくれた年若い方々にレシピだけでは伝えきれない「料理のうま味」を体感させることができました。

編集部
まさに先ほどおっしゃっていた「なぜそうなるのか?」を知る。ということですね。


藤村
さらにレシピを伝える時にそのレシピが生まれた背景、つまり大自然の中で暮らしてきたアイヌ民族の文化や暮らしも一緒に伝えることでさらに理解が深まります。これは料理に限った話ではなく文化伝承に絶対必要なことだと思います。

もうひとつ似た例があります。小学校の教諭時代の体験談なのですが、小学生の塗り絵を見ていると、いつも外で遊んでいる子は「自然」に近い色に塗りあげますが、家の中で勉強をする子は「図鑑」の色を信じて塗ります。同じ色を使っても、そこに生命の息吹を感ずるものと、そうでないものができあがるのと同じことです。

編集部
そうですね、自然界の色と印刷の色ではリアリティが全然違いますね。

藤村
アイヌ文化を正しく伝承していくためには「自然の色の塗り絵」のようにリアルに伝える必要があります。そのためには結果だけを伝えるのではなく、幾世代を交代しながら築きあげてきた、長い歴史や洗練された伝統あるアイヌ民族の暮らしを深く理解することが大切です。

編集部
「図鑑の色の塗り絵」的に伝わっていくと、大切な要素が抽象化され、アイヌ文化が正しく伝わらないですよね。

藤村
もう一つ重要なことは、相手を思いやる「心」が大切だと思います。大自然の中で生き抜いてきた人々は食材となる相手をなくして生命維持は困難なことから、常に他を「思いやる心」を大切にしてきました。その文化に接する時にはその「思いやりの心」を持つことも大切だと思います。

編集部
本日はお忙しい中貴重なお話をたくさんありがとうございました。


この記事を書いたモウラー

編集部

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