一般社団法人阿寒アイヌコンサルン理事長 廣野洋さんインタビュー
北海道東川町では、アイヌ民族をテーマにした映画「カムイのうた」を制作しています。MouLa HOKKAIDOでは、2023年秋の公開に先駆け、映画関係者やアイヌ文化に関わっている方々にお話を伺うプロジェクト「つながる、つづく、カムイの想い」を進行中。今回はアイヌ文化を知的財産として正しく普及させることを目的に様々な活動をしている、一般社団法人阿寒アイヌコンサルン理事長の廣野洋さんに詳しくお話を聞いてきました。
コンサル会社の役割とは?
編集部
阿寒アイヌコンサルンさんでは、アイヌ文化を知的財産として管理する仕事以外にも、アイヌ語監修やアイヌ料理のレシピ提供など幅広く活動されていると思うのですが、そもそもなぜアイヌ文化のコンサル会社を立ち上げようと思ったのですか?
廣野
2019年に「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」(通称アイヌ新法)が成立したことで、アイヌ文化は今まで以上に注目されるようになり、文化伝承のための機会も増えることが予想できました。そうなるとアイヌ文化を知的財産としてしっかり管理する必要があるのでは?と考え、法律が成立した同年に阿寒アイヌコタンの皆さんに声をかけて一般社団法人阿寒アイヌコンサルンを立ち上げました。
編集部
阿寒アイヌコタンの皆さんはすぐに賛同してくれましたか?
廣野
新しく法律ができたことで、アイヌ文化伝承に関わる事業は交付金の対象になりますし、新しく伝承事業を立ち上げることができます。事業開発のためのプランニングやコーディネート、宣伝・プロモーションも必要になる。そう考えるとそれら全体の受け皿があった方が良いわけです。阿寒アイヌコタンの皆さんにもそのような説明をして、理解をしていただきました。
編集部
確かに法律ができたことで出来ることはたくさん増えますし、その受け皿があると様々な取り組みが効率的に展開できますよね
廣野
阿寒には、阿寒アイヌ協会、阿寒アイヌ工芸協同組合、阿寒アイヌ民族文化保存会、阿寒湖コタン調整委員会など、いくつかのアイヌ関連団体がありますが、これらの組織間の調整役も担っています。
編集部
阿寒における、アイヌ文化伝承のための重要なハブとして機能されているのですね。ちなみに交付金を活用した事業が多いと思うのですが、年間にいくつも交付金事業ってあるのですか?
廣野
ありますね。特に釧路市はアイヌ関連の交付金事業が日本で一番多いですよ。
編集部
え?そうなんですね。ちなみに交付金事業は、国や釧路市が事業内容を公示して、自分たちが必要とする事業に手を挙げる流れなのでしょうか?
廣野
いや、違います。アイヌ関連の交付金事業は、大前提として基本理念「アイヌの人々の自発的意志の尊重に配慮しつつ、おこなわれなければならない」と法律でも定められています。最初に自分たちで必要だと思う事業を企画して役所に提出します。役所の審査を受けて、内容的に問題がなければ、役所から国に申請をあげる流れです。
編集部
そうなるとなおさら、阿寒アイヌコンサルンの役割は大きいですね。
コンサル作業で大変なことは?
編集部
阿寒アイヌコンサルンを立ち上げた当初は、どのようなことに苦労されましたか?
廣野
仕事は交付金事業が多いのですが、阿寒アイヌコンサルン設立当初は、過去の実績が無い分、自治体に安心・納得いただくのが大変でした。交付金は国の大切なお金なので、自治体も慎重になるのは当然ですよね。
編集部
提出資料も細かくチェックされますよね。
廣野
当時は計画している事業が本当にできるのか?と心配されることが多かったですね。今は実績もたくさんありますので、当時よりは自治体にも安心していただけていると思います。
編集部
その他、設立当初のご苦労はありますか?
廣野
ありがたいことにすぐに交付金事業をいくつも受注できるようになったのですが、当時はスタッフも少なかったので、人手が足りないという新しい課題が生まれました。今はスタッフも増えたのでそんなことはないのですが、設立当初は毎日夜遅くまで、休みもなく働いていました。
編集部
その大変な状況はどのくらい続いたのですか?
廣野
設立してから3年くらいはそんな感じでしたね。
編集部
現在、コンサルの仕事をやられていて、何か課題に感じることはありますか?
廣野
現在進めている仕事で、木彫や織り物などの担い手を育てて、アイヌ文化の技術継承をするプロジェクトがあるのですが、その関連施設として、2024年に「阿寒アイヌクラフトセンター」がオープンします。伝統工芸の制作に必要な機材を揃え、オープンファクトリーにして観光客も制作現場を見ていただける施設になります。後々はアイヌ工芸が体験できるワークショップも予定しています。
編集部
それは楽しみですね!
廣野
そこで今課題に挙がっているのが、「住む場所が無い」という問題です。阿寒には民間のアパートが少ないのです。担い手になってくれる若者を集めようと思っても、住む場所が無いことがいつも課題になっています。
編集部
その課題はどのように解決するのですか?
廣野
アイヌ文化の技術継承のために、担い手育成のための滞在施設を作って欲しいと自治体に要望しています。但し、地域住民の方の理解も必要なので一筋縄ではいかないですね。
仕事のやりがいとこれからの目標
編集部
今までで一番やりがいを感じたのはどのようなお仕事ですか?
廣野
知的財産の認証事業で契約した時ですね。全国でも初の試みだったので、前例がなくそのための準備はとても大変でした。弁理士、弁護士などいろいろな人に相談して詳細な規定を作りました。その分契約できた時は達成感がありましたね。
編集部
阿寒以外で、阿寒アイヌコンサルンさんのようなコンサル業務を担っている団体ってあるのですか?
廣野
徐々に増えていると思います。他の町から、我々のところにアイヌ文化のコンサルについて相談に来られる方が年々増えています。
編集部
アイヌ文化の存続のためには必要な仕事だと思いますし、各地でコンサル業務が広がるのが理想ですよね。
廣野
相談に来て頂ければどんどんノウハウは教えています。我々だけで独占する気は全く無いので、どんどんやってください!と応援してします。各地域でやった方が良いと思います。
編集部
今後の目標は何かありますか?
廣野
先ほどお話しした「阿寒アイヌクラフトセンター」を、ウポポイの「道東サテライト」に位置付けて欲しいと国にも要望しています。これについては北海道アイヌ協会のアイヌ協会釧路地区連合会の皆さんも賛成してくれています。
編集部
私も道東にサテライトがあった方が良いと思いますし「阿寒アイヌクラフトセンター」はその拠点としてまさにピッタリだと思います。
実現するといいですね。その他何か目標はありますか?
廣野
知的財産をしっかりと守り、育むことで、作家や職人の収益性をもっと高めたいですね。アイヌの知的財産をきちん経済として機能させることが目標でもあります。そして若者たちが、阿寒に行ったらアイヌ工芸の作家でも、舞踊の踊り子でも、それだけで食べていける仕事があって、住む場所もあるから、阿寒で暮らしたいなと思ってもらえるようにしたいです。
アイヌ文化伝承に必要なことは?
編集部
木彫やアイヌ文様などの技術を伝承するために必要なことはなんでしょうか?
廣野
以前は木彫を作る時に欲しい木材が手に入らないなどの課題はありました。つまり「資源の権利」における制限があったのですが、アイヌ新法成立後は、国有林と協定を結ぶなど随分改善されてきました。これは「河川」でも同じで、例えば文化伝承のためなら鮭を何本採って良いとか決められています。そのような「資源の権利」が少しずつさらに緩和されるとアイヌ文化伝承はしやすくなると思います。
編集部
今日の廣野さんのお話を聞いて、アイヌ文化伝承のためには、「知的財産」「権利」「調整」がとても重要なキーワードであることがわかりました。今まで全く気づけなかった視点ですが、お話を伺ってとても共感できました。
本日はお忙しい中貴重なお話をたくさんありがとうございました。