札幌大学企画部学術支援課 岡田勇樹さんインタビュー
北海道東川町では、アイヌ民族をテーマにした映画「カムイのうた」を制作し2023年11月23日から公開しています。MouLa HOKKAIDOでは映画関係者やアイヌ文化に関わっている方々にお話を伺うプロジェクト「つながる、つづく、カムイの想い」を進行中。今回は札幌大学の職員としてアイヌ文化伝承にたずさわっている岡田勇樹さんに日頃の活動については詳しくお話を聞いてきました。
自分のルーツとじっくり向き合うために
編集部
本日はよろしくお願いします。
早速ですが、岡田さんは札幌大学の前に、他の大学を卒業されていると伺いました。
岡田
そうですね、大学生を2回やっています。笑
編集部
編入ではなく、1年生から4年間通われたということですよね?
岡田
高校卒業後に苫小牧駒澤大(現北洋大学)に進学し、卒業後は一度就職したのですが、2010年に札幌大学で全国初のアイヌ民族対象の奨学金制度が始まり、さらにアイヌ文化の若き担い手を育てる活動を続けるウレㇱパクラブが立ち上がることを知り札幌大学に入り直し、修士課程まで札幌大学に通いました。
編集部
それまではアイヌ文化に関わる活動はされていなかったのですか?
岡田
自分がアイヌ民族のルーツを持っていることは特に意識せずに暮らしていました。また、アイヌ文化について特別に時間を割いて勉強をしたこともなかったのですが、2010年に札幌大学でアイヌ民族対象の奨学金制度やウレㇱパクラブが始まることを知った時に「自分のルーツとじっくり向き合ってみたい」という気持ちが芽生えました。
編集部
それはどこか偶然のようで、必然の出会いでもあったのでしょうね。実際に札幌大学に入学して、ウレㇱパクラブの活動が始まった時はどのような印象でしたか?期待通りのワクワクする世界が待っていましたか?
岡田
私は、入学時にはすでに33歳になっていたので、同級生とかなり年齢差もありますし当時のウレㇱパクラブは女性が多かったこともあり、周囲の仲間とコミュニケーションを図るのに苦労をした記憶があります。
編集部
年齢的にもそうですし、一度社会人経験をされていると、必然的に岡田さんがウレㇱパクラブのリーダー役というか全体を引っ張っていく役割だったのですか?
岡田
そうですね、その予定ではあったのですが、なかなかうまくいかず試行錯誤を重ねていました。笑
編集部
ウレㇱパクラブの活動の中で思い出に残っていることはどのようなことですか?
岡田
現役時代からかれこれ14年間ほどウレㇱパクラブに関わっていているので、印象深い出来事はたくさんありますが、その中でひとつあげるなら、2013年の第4回ウレㇱパフェスタに音楽家の坂本龍一さんをお迎えしたことです。
編集部
え?それはすごい!どのようことをされたのですか?
岡田
当時私を含めた4年生のウレㇱパ学生3名で「アイヌ文化と私」と称する約1時間のパネルトークを行いました。坂本さんはご自身がアイヌ文化に関心を持つようになった経緯や、アイヌ民族の世界観の現代的意義、多様性の尊重などについて語られました。
編集部
ちなみにどのような経緯で坂本さんに登壇いただくことになったのですか?
岡田
先ほどお伝したパネルディスカッションに一緒に登壇した、私の同期がTwitterで坂本さんに連絡をしたことがきっかけでした。そもそも坂本さんがアイヌ関連の著書を読んでいて、アイヌ民族についてすでに知識があったというご縁も重なり、ゲストとして参加いただけることになりました。
ウレㇱパクラブの活動について
編集部
岡田さんが学生だった14年前と現在と比べるとウレㇱパクラブの活動内容で何か変わったことはありますか?
岡田
基本的には同じですね。月曜日と木曜日の放課後に踊りと勉強会をやっています。このルーティンが軸になっているのは変わらないです。ただ勉強会の内容が、当初は歴史とアイヌ語の二本柱でやっていたのですが、ここ数年は学生の要望を取り入れながら、グループ学習として、木彫や食文化を学んだり、アイヌ関連の映像を見てディスカッションをしています。アイヌ文化を勉強していく中で、改めてアイヌ語の必要性を考えるに至り、来年からアイヌ語のグループ学習も始める予定です。
編集部
言語学習は大切であると同時に、教えられる人材確保など難しい側面もあると思うのですが。
岡田
そうですね、講師の件もそうなのですが、アイヌ語が使えることが学生たちの将来にどう役立つのか?それを学生たちに具体的に提示してあげることも必要だと思います。
編集部
例えばアイヌ語が話せることで就職活動が少し有利になるとか、今後の学生たちの将来設計の中にうまく組み込めるのか?ということですか?
岡田
実際、卒業生でアイヌ文化に関わる仕事に就いている人もいますし、現在でも具体的な選択肢を提示しながら学生たちと将来のビジョンを話すことはできるのですが、まだまだその選択肢としては少ない現状です。アイヌ語を学ぶことで、その先の未来が少しでも明るくなるようなロードマップが描けないと、学生のモチベーションも高まらないと思います。ただ、昨今では「ウポポイ」もできましたし、そういった意味ではアイヌ語を学ぶ目的も増えていると思います。
編集部
アイヌ文化と生活や仕事がイコールであることが必要ですよね。これはアイヌ語に限った話ではなく、アイヌ文化を伝承する上で重要なテーマですね。
岡田
そうですね、アイヌ文化を学ぶことと、働くことがイコールで結ばれることで文化伝承は活性化すると思います。
編集部
今後アイヌ文化を広げていくためには「仕事」はますます重要なキーワードになりますね。
岡田
日本の伝統文化の場合はたくさん仕事の選択肢もありますし、突き詰めていくと人間国宝だって夢ではないですからね。
岡田
アイヌ文化の場合エンタメにしてもアートにしても、さらにエンドユーザーに届いて認知が広がることでマーケットが成熟すると思いますが、まだまだ現状では、作品は作っているけど、一般の消費者まで十分に届いていないと思います。
編集部
いろんなコラボ作品も増えていると思いますし、漫画や、それこそ今回の取材のきっかけにもなっている映画「カムイのうた」もありますし、近年は日常の中でアイヌ文化と自然に触れられる機会が増えているとは思うのですがまだまだもっと広がらないとマーケットは確立できない現状ではありますよね。
仕事と研究に取り組む
編集部
現在、北海道大学の博士課程に通われているのですよね?何を研究されているのですか?
岡田
ウレㇱパクラブをテーマに論文を書いています。
編集部
仕事もご多忙なのに、素晴らしい取り組みですね。
岡田
札幌大学の職員としてやるべきことはたくさんありますのでまずはそれらを第一として取り組み、ウレㇱパクラブの作業もこなしているので、自分の研究はなかなか思うように進まないですが、休日を使いながら頑張っています。笑
編集部
札幌大学のお仕事は具体的にはどのようなことをやられているのですか?
岡田
現在は学術支援課に所属しておりまして、例えば、国から調査依頼を受けたり、研究資金の申請・管理・研究契約に関する業務など、先生方の研究活動を裏舞台で支えるような仕事をしています。それと同時にウレㇱパクラブのサポートもやっています。
編集部
大学職員としてウレㇱパクラブのサポートをやられているのは岡田さんだけなのですか?
岡田
職員としては私が一人でサポートをしています。アイヌ関連のことは本田先生か私が窓口になっています。いつも本田先生と相談しながら進めていますのでとても心強いです。
これからの目標
編集部
これからの岡田さんの目標は?
岡田
ウレㇱパクラブについては、学びの体制強化が必要だと感じています。現在は本田先生を中心に学生たちが自主的に勉強会を実施して私がそのサポートしています。必要に応じて外部講師にもご協力をいただいているのですが、今後は外部講師の方との連携をさらに深められると学生たちの学びの「質」も「量」も向上すると思います。
編集部
それは外部講師の連携先を増やすということですか?
岡田
そうですね。アイヌ文化伝承に関わる仕事で活躍している卒業生も増えていますので、つながりを深めていければと考えています。
編集部
外部講師を充実させること以外でも、学びの体制強化のために検討されていることはあるのでしょうか?
岡田
効率性を高めることも重要だと感じています。
編集部
効率性??
岡田
例えば、最近では授業の一環として「asir(アシㇼ)」と言うプロジェクトが始まりました。アイヌ工芸に関わる技術を身につけると単位として認められます。
編集部
あ、なるほど!単なる技術の習得ではなく、習得することで単位も取れるのですね。それは確かに効率的ですね。ちなみに「asir(アシㇼ)」についてもう少し詳しく教えていただけますか?
岡田
「asir(アシㇼ)」は、アイヌ文化スペシャリストを養成するプログラムになっていて、アイヌ文化のスペシャリティを継承し、産業化を志向する人材を育てることを目的としています。
国立アイヌ民族博物館を核とするウポポイ(民族共生象徴空間)が白老町に開設され、アイヌ文化と関わりが深い縄文遺跡群は世界遺産になり、専門知識を有するプロフェッショナルな人材が今後ますます必要とされると思います。また、アイヌ伝統工芸の後継者育成も重要な課題ですよね。「asir(アシㇼ)」ではアイヌ工芸作家を講師に招き、木彫りや刺繍などの実技を単位化しています。ちなみに、講師の一人として国立博物館の学芸員の方に来てもらっているのですが、その方は私と同じウレㇱパクラブ一期生です。
編集部
講師として卒業生と連携が図れているのは理想的な流れですよね。ウレㇱパクラブを14年続けてきた成果が出てきていますね。点が線でつながり面になっている印象です。ウレㇱパクラブの卒業生が国立博物館の学芸員になっていることは「将来の選択肢」として、学生にはとても魅力的な選択肢になりますね。
岡田
卒業生や外部の講師の方たちとのつながりを深めることが、学びの環境作りにはとても大切だと考えています。
編集部
他に何か目標とされていることはありますか?
岡田
ウレㇱパ奨学生制度が始まって14年経ちますので、全学一致でアイヌ文化に取り組める機運の醸成も必要だと感じています。アイヌ文化に造詣が深い人をたくさん増やすというよりは、札幌大学としてアイヌ文化に真剣に向き合っているという、みんなが同じ目線になることで、学校の特徴にもなりますし、ウレㇱパクラブにとってもさらに良い環境になると思います。
映画「カムイのうた」について
編集部
東川町で製作している、今秋公開予定の映画「カムイのうた」は知里幸恵さんをモデルにした映画です。映画という手法でアイヌ文化の素晴らしさを伝えることで、子供から高齢の方まで多くの方にアイヌ文化の素晴らしさを伝えられると思います。また今後は多言語翻訳をする予定になっているので、海外の方にも知ってもらえる機会が増えると思います。岡田さんとして、この映画「カムイのうた」にどのような期待されますか?
岡田
映画はまだ観ていないので、内容についての感想ではないのですが、映画の制作に関わった人たち、例えば、監督やキャスト、製作スタッフの皆さんは、おそらく事前にアイヌ文化についてたくさん学ばれたと思うのですが、そこで得た知識をぜひ何らかの方法で発信してもらえると嬉しいですね。
編集部
資料や書籍を読むのはもちろんですが、関係者への取材、ロケハンなどを繰り返して、よりリアルなアイヌ文化を再現しているのも見どころの一つだと思います。
岡田
そうですよね、例えば知里幸恵さんの詳細な人物像はもちろん、幸恵さんの周囲の人はどのような人だったのか?とか、いろんな情報を関連付けながらわかりやすく整理されていると思うので、わかりやすく、興味深くアイヌ文化を伝えてもらえるのでは無いかと期待します。事前に知り得た知識が全て映画の中に盛り込まれているわけでもないと思うので、表現しきれなかった知識をぜひ多くの方に伝えてもらえると嬉しいです。
編集部
それはぜひ私も知りたいです。きっと興味深い話がたくさん眠っていますよね。「映画関係者=アイヌ文化に詳しい人」ですよね。
岡田
それもまた映画の有効活用方法の一つかもしれないですね。
編集部
本日はお忙しい中貴重なお話をたくさんありがとうございました。