
提供:北海道新聞社
函館美術館40周年記念「うつくしき日本画」|横山大観らによる「抵抗するアート」としての日本画へ会いに
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モダン・エイジに確立した日本画名作が函館に集められています。函館美術館開館40周年記念「うつくしき日本画━横山大観、菱田春草、杉山寧を中心に」が4月18日から開催!初日にでかけてきました。
函館で出会う「日本画」の創出と変容をたどる大絵画展への期待
日本画を時代を追ってめぐる楽しみ
北海道に貴重な名画が集まる日本画展
北海道立函館美術館で6月21日(日)まで「うつくしき日本画ー横山大観、菱田春草、杉山寧を中心に」が開催されています。名画の数々が集められています。
展覧会の開場時間を待ち侘びながら、五稜郭公園を散策しました。今、函館はソメイヨシノの白に染まっています。ですが、取材に訪れた4月18日に出会ったのは、凛として咲き誇るエゾヤマザクラでした。山桜は、「日本らしさ」と重ねられるソメイヨシノとは異なり可憐です。
「うつくしき日本画ー横山大観、菱田春草、杉山寧を中心に」を観に行く嬉しさ
前日には、東京で仕事があり、恵比寿の山種美術館で横山大観の「春朝」(1939年)を観て、描かれている山桜があまりにも見事な美しさで、しばらく絵の前に立って過ごしました。
桜を引き立てている朧げではありながらも確かな朝の空気感を表した金泥による危うい眩しさは、「明け行く日本」(1954年)を筆頭に本展の作品の中での特に印象的な「富士山」連作の金泥使いへも連なる表現でした。
「うつくしき日本画━横山大観、菱田春草、杉山寧を中心に」が函館で開催されることとは
抗うアートとしての日本画
日本画とは?
明治以降、西洋から入ってきた西洋技法で日本人が描いた洋画に対し、伝統的な絵画技法に基づきながらも、新しい西洋技法も柔軟に取り入れた絵画を日本画といいます。ですが、江戸時代に西洋の技法が伝わらなかったというわけではありませんでした。
丸山応挙は、西洋の透視法(遠近法)を駆使して立体的に対象を捉えようとしたひとりです。「付けたて(筆の側面を利用してひと筆書きで対象を描く)」という技法を用い、輪郭線を使わずに陰影や立体感を出す技法を確立します。展覧会では、丸山応挙「鯉画」(1776年)が展示されています。
鈍い鮮やかさ
日本画は横山大観、菱田春草らが牽引していきます。横山大観は、西洋から流入した文物、絵画の圧倒的な光と色彩に人々が虜になったことに対して、岡倉天心と「我々のアイデンティティ」としての西洋画に対抗しうる「日本画」を編み出す試行錯誤を繰り返します。
横山大観「春陽」(1903年)、「勿来」(1903-1904年頃)の時期、その試行錯誤が繰り返され、「抗い」の中から没線描法、のちに「朦朧体」とよばれる表現方法が編み出され日本画の柱であった輪郭を線で書く手法から隔絶された画風を確立していきます。
菱田春草の「月下鷲」では、筆でさっと薄墨色を描く画法や伝統的な「隈取り(輪郭線を取らずに影をつけることで地の色を浮き出させる、立体感を出すなどといった手法)」で月が表現されていて、西洋画以前と以後の手法のコントラストを楽しめます。
余白と季節を彩る美から日常の空気を変える季節を問わないアートへ
元々日本では、例えば床の間の掛け軸を季節によってかけ替えるように、作品は空間を演出するための小道具でした。対して西洋では季節に応じて絵や調度品を置き換えることはありません。
明治以降西洋の文化が流入し、日本の生活も大きく変わっていくなかで、日本画も西洋の影響を受けながら変容させていきました。菱田春草や横山大観による作品の多くも、掛け軸の形を前提として制作されました。その前提は徐々に変わっていきます。
大観、春草とも国際派の岡倉天心に従って、インド・アメリカ・欧州に赴き見識を広めました。帰国後に発表した作品では、朦朧体の作風に色彩が加わって、とてもオリジナルな世界観が展開するようになります。
また、テーマの捉え方の点でも、季節に合わせた花鳥風月を描いてきた伝統から離れ、特定の対象にスポットをあてた表現が現れるようになります。
掛け軸の枠組みを前提として床の間を飾る美か、年中飾られることを前提として描かれる額縁の絵画かー20世紀にさしかかると、天心のもと、大観らは新聞・雑誌が広告をとる時代へと突入し、街がグラフィックアートで塗りつぶされていく中で、日本の古来のアートが見向きもされなくなる事態に対して危機意識を抱きます。
大観も春草も掛け軸、額縁の両方の日本画を次々に制作していて、本展では和洋織り交ぜての革新を求めた足取りが見てとれます。
展覧会は19世紀にロンドン・ウィーン・パリから極東の島国へと伝わった博覧会に代表されるメディアとともに、日本でも20世紀初頭に確立します。この文展は、画家として絵描が大成するための登竜門になりました。東京美術学校を出た者もいれば、街角の画塾で学んで頭角を表した絵描きもと、カードの配り直しの時代へと突入します。
展覧会は、四季の区別なく作品を展示するという点で、日本の美への向き合い方から大きく外れるものでした。日本では、空間とは季節の移り変わりとともに、また用途に合わせて設えるもの。
怒涛のような西洋化を前に、「抗うアート」運動が横山大観らに牽引されながら展開し、やがて、展覧会、室内での装飾としての絵画のあり方に適応する方向へと、美術の作風は発展していきます。
こうした流れは、京都で活躍した美人画で知られる上村松園が西の潮流を牽引し、またそれまでにはないアプローチで動物画に優れた技法を発揮した橋本関雪、日本画壇全体に新風を巻き起こした土田麦僊・小野竹喬・金島桂華らの作品が戦前のチャレンジの時代を創り上げました。
近代日本画の巨匠・横山大観の富士山画が集結
展覧会の大きな目玉は、横山大観の作品群。時代ごとに作風の変化を確認する縦軸と、大観が生涯1500点以上描いた富士図の中から名作が5点出展されています。
富士を描き始めたころは、よくスケッチした。しかし、今はまったくしない。(中略)富士はその時々で姿を変えるが、しかし、いつ、いかなる時でも美しい。それは、いわば無窮の姿だからだ。私の芸術もその無窮を追う。
「私の富士観」朝日新聞1954年5月6日掲載
この表現に、近代日本画壇の巨匠としての大観が富士に結実させた突き抜ける美しさが現れています。名作「明け行く日本」の雲海から突き出る富士山は、1954年という日本の主権回復の時期に重ねられている荘厳な作風で、半世紀にわたって創り上げられた表現が晩年の大観作品として結実しており圧巻です。
今回の展覧会では戦後の革新者としての上村松篁・東山魁夷・児玉希望の作品から、杉山寧の西洋画を圧倒するような艶やかさ、また加山又造の人気作「白い猫」、「微風」といったインパクトのある作品まで、日本画を多彩な作風が競い合う美術史の系譜としてたどることができます。
「広島の情熱」と「岡山の資本」が手を取り合い、「北海道の節目」を祝いに来る
平和を希求する広島から黒船とともに世界へと開港した函館へ
本コレクションは、広島という原爆投下によって「日常」という営みが不成立な、復興とはほど遠い空白状態ができた地域に、隣県である岡山の企業である「シーピー化成株式会社」が、珠玉の名作をまとめて寄贈したことに由来しています。
きな臭い戦争がそこここで語られる今、「平和を希求する」ことにおいて先陣を突っ走る広島から届いた名画を静かに眺めることは、喧騒と距離を置いて厳かな静けさを体感する点でも値打ちがあるといえます。
貴重な珠玉の名画展への誘い
企画を準備した学芸員の耳塚さんは、「本州にある日本画を北海道に持ってくるには必ず海を越えなければならないです。運搬・搬入作業そのものが(にかわを使っている)作品へのダメージとなり、かなり展覧会の可能性は限られてきます。北海道で日本画をこれだけ多く、しかも有名な画家の作品ばかりを一度に見られる機会はなかなか得られません。今年開催する40周年記念展覧会の第一弾に富士山がある、おめでたい感じを共有して欲しい。」とおっしゃっていました。
本展は複数の先駆者たちが競演する日本画の黎明期から戦後までをまとめて見渡すことができるまたとないチャンスです。一世紀にも満たない時間の中で、次々に新たな作風が編み出され、また、掛け軸、額縁のいずれの世界観・空間認識を前提とするのか、日本画家たちが格闘した様が緊張感、独自性と時代に躍り出た強さとともに迫ってきます。
函館で日本画が創出・再編される美術史を実際の絵を見ながら追体験することは、多くの洋風文化が北海道で真っ先に経由した地で、西欧化に抗ってきた日本画を愛で、アーティストの革新性を確認する機会となります。それは、この上なく贅沢なアートの体験となるはずです。
掲載の展示作品の写真について作品はすべてひろしま美術館(シーピー化成コレクション)
- 住所
- 函館市五稜郭町37-6
- 電話番号
- 0138-56-6311
- 営業時間
- 9:30-17:00 (入場は16:30まで)
- 備考
- 展覧会会期中の休館日
2026年4月20日(月)・27日(月)・5月7日(木)・11日(月)・18日(月)・25日(月)・6月1日(月)・8日(月)・15日(月)
函館で西洋文化の風とコントラストを感じながら新しい「日本画」展の余韻を
日本画のモダンな和の世界を包み込む異国情緒の函館風情
日本画の創出・変遷への小旅行の後には元町観光を添えて
絵画展鑑賞のあとは、路面電車に揺られて、元町・函館山エリアに足をのばしてはいかがでしょう。桜前線が函館に到達した4月18日から日中の最高気温はぐんぐんと暖かくなっています。散策が楽しくなるはずです。
展覧会を見たあとで、横山大観らが確立した金泥の世界とコントラストをなす、「明け行く日本」の富士山の雪を、「白」の印象が重なる、元町アンジェリック・ヴォヤージュのショコラ・ヴォヤージュを溶かして、再訪してみては。
函館は、幕末の開港以降、異国文化をいち早く取り入れ、教会や洋風建築、赤レンガ倉庫群などのレトロな街並みが形成されました。江戸時代末期から明治時代の記憶の場、こう言ってよければ、その歴史を「ハイカラ」という言葉で形容するのに最もふさわしい街のひとつです。
「うつくしき日本画ー横山大観、菱田春草、杉山寧を中心に」を見たあとに訪れる函館・本町界隈は、西洋と東洋の文化がぶつかりかった時代の空気を再訪しつつ、「日本画」という新しい明治時代以来確立された文化を鑑賞することその時代へと誘われる、展覧会体験を深めるまたとないチャンスです。

