
【小樽】小林多喜二の文学碑を訪ねて|旭展望台で「蟹工船」の作家の足跡をたどる文学碑散歩vol.1
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今回からスタートする「小樽・文学碑散歩」シリーズ。
小樽市には30弱の文学碑が各エリアに点在しています(有名な石川啄木や松尾芭蕉などもあります) 。記念すべき第一回目は小樽市内の旭展望台(ちなみにここは人気漫画「最終兵器彼女」の聖地巡礼スポットです)駐車場の奥の小さい丘に堂々と鎮座する、「蟹工船」で知られるプロレタリア作家・小林多喜二の文学碑です。お楽しみに!
プロレタリア文学の礎を築いた「小林多喜二」
小林多喜二と言えば過酷なオホーツクの漁船労働者の姿と軍隊・財閥の内情を描いた有名な著書「蟹工船」でご存じの方も多いかと思います。この本はその過激さ・批判性から当時発禁処分となり弾圧、彼自身も逮捕されるほどでした。現代では再評価され、50万部以上のベストセラーとなり映画化もされたことは記憶に新しいのではないでしょうか。
元々彼は東北生まれですが、幼少時代に小樽市に移住、小樽高等商業学校卒業後に銀行員となりました。しばらくは平和な暮らしを営んでいましたが、同時に日本が軍国主義を強めていた時代で、彼の周辺でも軍国主義を反する人物たちが次々と特高警察に連行され拷問を受けていました。
保釈された知人等の証言を聞き彼はペンの力で戦おうと決意。拷問の残虐さを克明に描いた「1928年3月15日」という作品を書き上げました。
そして誰もが知るあの名著が誕生
この後、1929年に先述の「蟹工船」を出版しました。どちらも軍隊や警察・財閥の実態を告発するような内容だったため、特別高等警察に常にマークされて、何度も逮捕される事態になりました。
そして、遂に発売から約4年後の1933年に、当時、共産青年同盟に入り込んでいたスパイである三船留吉によって手引きされ、赤坂の路上にいたところを特別高等警察に逮捕、激しい拷問により、享年29歳という若さで亡くなりました。
労働者の過酷な現実をペンの力で変えようとした「プロレタリア」作家の代表作家として今後も語り継がれる事でしょう。
説明板
マイナスイオンあふれる小樽有数の森林散策エリア
こちらの小林多喜二文学碑は、森林浴がしたくなる美しい小樽の旭展望台駐車場の奥にあります。この文学碑の場所は、小樽市でも有数の絶景と癒しの散策エリアの中。白樺などの木々に囲まれた美しいマイナスイオンを感じる素敵な道を登りつづけると、突如看板が現れます。そこから少し木製階段を上がれば小林多喜二文学碑に到着です!
美しい白樺の道を進む
木漏れ日も癒される
案内板
文学碑へと続く階段
北海道出身の著名彫刻家がデザイン!
この斬新な文学碑をデザインしたのが著名な彫刻家である「本郷新」氏。本を開いたような形をしているのがとても珍しいです。中でも迫力ある頭像はインパクト大で必見です。彫刻作品として充分鑑賞に堪えられるクオリティです。
本郷新(ほんごう しん、1905-1980)は、北海道札幌市出身の具象彫刻家。高村光太郎に師事。代表作として、平和を願う『わだつみのこえ』、札幌大通公園『泉』、稚内公園『氷雪の門』などがある。
珍しい本型の文学碑
頭部のモニュメントもリアルで重厚な完成度
碑文はこちらです。多喜二の「小樽愛」が伝わります。
【碑文】
冬が近くなるとぼくはそのなつかしい国のことを考えて
深い感動に捉えられている
そこには運河と倉庫と税関と桟橋がある
そこでは人は重っ苦しい空の下を どれも背をまげて歩いている
ぼくは何処を歩いていようが どの人をも知っている
赤い断層を処々に見せている階段のように山にせり上がっている街を
ぼくはどんなに愛しているか分からない
碑文
いかがでしたでしょうか。
文学碑のある場所は広く抜けた敷地で、その片隅にベンチがポツンとあります。
広い憩いのスペース
ここに静かに座って、小林多喜二の生きた過酷な時代の事、同時に若い命を燃やし続けた熱い想いを感じるのも良いですし、爽やかな森と鳥の鳴き声に癒されながら、小樽の森を散策するのもまた素敵な時間となるのではないでしょうか。
マイナスイオンを感じられるベンチスペース
周辺マップ
広い駐車スペース
小林多喜二文学碑

