【vol.17】弱虫は泣かない

2023年春、「ラジオで曲を作りたい」そう言ったのは歌手の宮川愛李さん。IMAREALという番組でコーナーを担当してくれている。ラジオから音楽が生まれることは稀にある。先述した通りアーティスト自身がラジオをやっている場合に最終回に向けて作ることも多い。今回の場合は1年間かけてリスナーとの交流を通して宮川愛李が感じたこと、そしてリスナー自身の経験を歌詞に沁み込ませて作るという方法を選んだ。

2023年夏、宮川愛李が北海道に来た。一緒に市立札幌藻岩高校に行き校内ラジオを収録したり陸上部のリスナーと喋ったりした。学校に入り、階段を上がり、廊下を歩く。壁に貼っている掲示物を眺めたり、窓から見える札幌の街並みを見る。学生時代には日常だったはずなのに、なぜか宮川愛李は緊張しているように感じた。その日の夜、4時間の生放送で彼女はずっと笑っていた。

2023年秋、リスナーに「曲を作る」と発表した。その際に歌詞に入れてほしい言葉や学生時代のエピソードを募集した。届いたメッセージの多くは「楽しかった」「嬉しかった」よりも「悔しかった」という後悔を心に留めたものだった。イマリアルのリスナーはきっと「楽しい/ハッピーな曲」よりも「後悔を晴らす曲」を求めているのかもしれない。

2023年冬、デモ音源が完成した。題して「デモ１」と「デモ２」それぞれをラジオから放送した。定まりきっていない歌詞とメロディ、それを弾き語りで歌った音源だった。それでもリスナーの心にしっかり触れていた。聞き逃し配信で20回以上聞いたというリスナーもいた。デモを聞いての感想も募集し、宮川愛李に届けた。

2024年春、リスナーと一緒に作り上げた曲「弱虫」が生まれた。

2024年2月29日、宮川愛李と共に市立札幌平岸高等学校に向かった。翌日は3月1日、卒業式だ。前日には全体リハーサルが行われている。その中で生徒にはサプライズという形で宮川愛李が「弱虫」を歌うことになっている。普段はケラケラ笑っている彼女もこの日ばかりは話しかけるのを躊躇するくらい"入って"いた。

担当の先生から「それではここで皆さんにサプライズがあります！それではどうぞ！」と言われ、保護者席に座っていた私はあわてて立ち上がった。M-1決勝戦ばりのテンションで「どーもー！！！」と体育館のステージに上がった。生徒の中には私の声、宮川愛李の姿を見て驚き、喜んで手を振ってくれている人もいる。一方で「ん？今何の時間？」と思っている生徒もいる。ホームかアウェーかでいうと2対300のアウェーだった。

これはエゴである。こちらが勝手に学生に向けて作った曲を学生自身に届ける。果たして届くのか。結果的にライブは盛り上がった。生徒たちが手拍子を積極的にしてくれ歌っている宮川自身も曲が終わる頃に本当の姿になっていた。無事にネタを披露し終えた2人は体育館を去り、番組収録の準備を始めた。宮川愛李は「こんなに緊張したの初めて！」と何故か怒り気味に言っていた。

放課後、我々の元にやってきたのはラジオ収録のために集まってくれた3年生。その中に書道部の仲間だった3人組の女子生徒がいた。彼女たちは宮川愛李に会うなり「私たち愛李ちゃんきっかけで友達になったんです！」と前のめりに伝えてくれた。その言葉通り、3人は入学当初「宮川愛李が好き」という共通点から仲良くなったそうです。卒業アルバムの最後のページ、まだ真っ白のページに宮川愛李がサインを書いた。「高校3年間で最高の思い出になった」と喜んでくれた。もちろん、我々はこの書道ガールズがいることは知らなかった。これだけで来てよかったと思った。

私の元には「高校受験の時にしんどくて。そんな時に毎回イマリアル聞いてました。おかげでこの学校に受かりました！」と涙ながらに話してくれた。志望校に合格した子にその学校を卒業する前日に会えた奇跡。私にとっても価値のある時間でした。宮川愛李の楽曲「弱虫」はこの春、リスナーと一緒に歩いてくれるでしょう。

非効率と言われた学校訪問、2023年度は「1年間で1万人の学生に会う」という目標を掲げてきた。今月、無事に達成した。通算25000人以上の学生に出会ってきた。今日もどこかで誰かが聞いてくれている。出会った学生がリスナーになってくれている。来月で番組も8年目。さぁ、非効率にいこうじゃないか！